森林が町の約八割を占める南小国町。その豊かな森を「事業」として未来へつないでいこうと挑んでいるのが、合同会社「経済林」の代表・宮野岳明氏だ。目指しているのは、木を切る人を増やすことではない。森で働く選択肢を増やし、林業を仕事として続けられる仕組みをつくること。そのために、自ら会社を立ち上げ、人を育て、仕事を生み出す土台づくりを進めている。理想だけでは終わらせない。森を守ることと、生計を立てること。その両方を実現する挑戦が、いま南小国町で動き始めている。

「林業が続く仕組み」が、この町にはなかった

宮野 岳明さん

宮野さんは宮崎大学、九州大学大学院で林学を学び、「ずっと農山村地域の農業や林業のことを考えてきた」という。その後、熊本市の地域計画事務所に就職し、県の委託を受けて市原地区のまちづくり支援に携わったことが、17年前、南小国町との最初の出会いだった。その後は熊本地下水財団で森林管理に携わり、「もっと現場に出たい」と独立。森林認証の審査やコンサルティングを手がける一方、熊本林業大学校で技術も身につけた。

行政、コンサルティング、そして現場。さまざまな立場から林業を見つめるなか、阿蘇の林業者が集う場で「NPO法人みなりんく」の橋本さんと十数年ぶりに再会し、再び南小国町と縁がつながる。改めて町を見渡したとき、ひとつの違和感が胸に残った。「林業がさかんな町なのに、林業会社がない」。森林が町の約八割を占め、小国杉という全国に誇る資源がある。それにもかかわらず、林業を支えてきた一人親方の多くは高齢化し、引退すれば技術も仕事も地域から失われてしまう。若い人が林業を志しても、技術を学び、仕事を身につけ、仲間とともに事業を育てていく受け皿がない。

「一人親方を一人増やしても、この町の未来は変わらない」。宮野さんが必要だと感じたのは、人を増やすことではなかった。林業を仕事として続け、人が育ち、次の世代へ受け継がれていく「仕組み」そのものだ。その想いが、後に合同会社「経済林」を立ち上げる原点となる。

「経済林」という名に込めた、逃げない覚悟

宮野 岳明さん

地域おこし協力隊として着任すると同時に、宮野さんは合同会社「経済林」を設立した。社名の由来は「経世済民」。世の中を治め、人々を救うという意味を持つ言葉だ。「コロナ禍で『命か経済か』という議論がありましたよね。私は、あれが大嫌いだったんです」。そう振り返る宮野さんは、森も同じだという。自然は守るべきだ。生物多様性は大切だ。その考えに異論はない。しかし、理想だけでは、森を守る人は育たない。生活が成り立たなければ、若い人は林業を続けられず、森から人がいなくなってしまう。

「ちゃんとビジネスとして回すこと。木を育て、売ることで利益が生まれ、その利益でまた森を育てる。そうすれば森は健全になり、水害や獣害の防止にもつながっていく」。まちづくりや森林管理の現場で感じ続けてきたのは、理想が現実を追い越し、議論だけで終わってしまうもどかしさだった。だからこそ宮野さんは、この町で、「経済」と「森林」を切り離さないと決めた。森を守ること、生計を立てること。そのどちらからも逃げない覚悟を、「経済林」という社名に込めた。

育てたいのは、木ではなく「担い手」

宮野 岳明さん

事実、ひとつの仕事だけで生計を立てるのは簡単ではない。だからこそ宮野さんは、現場・管理・制度づくりを行き来しながら、林業を持続可能な仕事として組み立てている。現在の事業は、森林組合からの受託や特殊伐採だけではない。森林認証の審査、地域林政アドバイザー、森林管理計画など、現場とデスクワークの両方を行う。それは仕事を広げるためだけではない。この町で、林業で暮らしていく選択肢を増やすためだ。

宮野さんは、週5日チェーンソーを持ち続ける働き方だけが林業ではないと考えている。現場に立ちながら計画を描く人。森林を管理する人。地域と森をつなぐ人。さまざまな関わり方があるからこそ、もっと多くの人が林業に挑戦できる。「三つくらい仕事の軸があった方が、私は楽しいです」。その言葉には、自分自身だけでなく、これから地域へ飛び込んでくる人へのメッセージも込められている。

「無料で働かせない」。人を育てるという責任

宮野 岳明さん

宮野さんがいま一番力を入れているのは、人を育てる仕組みづくりだ。林業をやりたいと言って移住してきても、仕事として続けられなければ定着しない。だからこそ、現実を見据えた育成プランを描いている。一年目は資格取得と週2日程度の現場。二年目は仕事量を増やす。三年目には自分で月50万円の売上をつくる。そこまで育てば、独立してもいい。会社に残ってもいい。大切なのは、地域で仕事を受け、自分の力で暮らしていける状態を目指す。

「うちは絶対に無料では働かせません」。その一言には、人を大切にする姿勢と同時に、仕事を仕事として成立させる覚悟がにじんでいる。目指しているのは、経験と勘だけに頼る親方制度ではない。誰もが学び、自立し、また次の人へ仕事をつないでいける、新しい林業の仕組みだ。

南小国町で証明できれば、全国に広げられる

宮野 岳明さん

「南小国でうまくいけば、全国でもできると思っています」。宮野さんはそう言い切る。人口減少、担い手不足、放置される森林。その課題は、南小国町だけのものではない。だからこそ、この町で事業として成立させることに意味がある。地域おこし協力隊として任期を終えることがゴールではない。ここに会社が残り、人が育ち、仕事が回り続ける。その仕組みができれば、この森は、次に挑戦する誰かの土台になるだろう。育てようとしているのは木だけではない。この町に残したいのは会社ではない。人が育ち、その人たちが森を守り、その営みが次の世代へ受け継がれていく仕組みそのものなのだ。

COORDINATOR'S VOICE — SMO南小国 コーディネーターより

「森林が町の面積の8割を占める南小国町。その恵みを次の世代につなぐには、情熱だけでなく、生活を支える確かな仕組みが必要です。宮野さんが“経済林”という名に込めたのは、理想と経済を両立させるという、揺るがない覚悟なのだと思います。」

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