山深いキャンプ場を歩きながら、竹下修平さんはよく立ち止まる。木々の間から差し込む光や、足元に生える植物、通り過ぎれば見落としてしまいそうな風景を眺めながら、「自分は何を見ているんだろう」と考える。「漠然と『きれいだな』で終わるんじゃなくて、自分は何をきれいだと思っているんだろうって」。2026年春、地域おこし協力隊として南小国町へ移住。活動の舞台は、2020年の豪雨災害で大きな被害を受けた山鳥の森オートキャンプ場だ。自然共生サイトへの登録に向けた生き物の調査や記録、自然を「よく見る」ための体験プログラムづくりなど、いくつもの構想を描いている。

「私とは何か」を、写真を通して考えてきた

竹下 修平さん

大学時代は映画を学びながら演劇にも取り組み、卒業後は写真を学ぶために専門学校の夜間部へ。アルバイトをしながら、時間があれば写真を撮りに出かける生活を続けた。当時、繰り返し撮っていたのが「潮だまり」。海辺にできた小さな水たまりを、まるで大きな海のように写し、その後は人のへそや庭にもカメラを向けた。一見すると異なる被写体だが、竹下さんのなかではすべてがひとつの問いにつながっていた。

「ずっと、『私とは何か』ということを考えていたんです」。写真を撮ることは、自分という存在について考えるための方法でもあった。潮だまりも、人の身体も、その問いに対する仮の答えとして作品にしてきた。やがて作品制作と並行して、母校をはじめとする学校で写真を教え、授業やカリキュラムづくりにも長く携わった。学生たちを山や海へ連れ出すなど、実際の場所に身を置く体験を大切にする一方で、自分自身にも「ちゃんと実践したい」という思いが芽生えていった。

写真を通して考えてきた「私とは何か」という問いは、いつしか自然や環境との関係へと広がっていった。自然にもっと近い場所に身を置き、自分自身の体験を通して考えてみたい。長く続けた教育の現場を離れ、新しい環境を探し始めたのはそんな頃だった。

美しさだけではない自然と向き合う場所

竹下 修平さん

新しい環境を探していた頃、偶然目にしたのが「日本仕事百貨」に掲載されていた山鳥の森オートキャンプ場の求人だった。2020年7月の豪雨で被災した山鳥の森。目に留まったのは、豊かな自然や美しい風景だけではなく、災害を経験した場所だからこそ、自然の脅威も含めてこれからのあり方を考えようとする姿勢だった。

南小国町についての知識はほぼない。しかも求人を見つけたのは、募集締め切りの日。竹下さんはその日のうちに応募し、選考のために南小国町を訪れた。実際に足を運んでみると、阿蘇の自然や町並みにも惹かれたが、それ以上に印象に残ったのが、そこで出会った人々だった。3日間の滞在でさまざまな人と話すなか、物事を考えるスピードや、これから向かおうとしている方向に自分と近いものを感じたという。

そうして長く暮らした関東を離れ、2026年春、南小国町へ。山鳥の森を活動の拠点に、地域おこし協力隊としての活動が始まった。

自然を「よく見る」ための仕掛け

竹下 修平さん

竹下さんが始めようとしていることのひとつが、自然を「よく見る」ための仕掛けづくりだ。たとえば、太陽の光を使って植物などのかたちを写し取る「サイアノタイプ(日光写真)」や、鳥の巣箱をカメラ・オブスクラのような装置にする試み。巣箱にレンズを取り付けると、外にある風景が反転して箱の内側に映し出される。竹下さんが興味を持っているのは、その仕組みのおもしろさだけではない。

「壁一枚、フィルターが一枚あることで、自然と自分との境界ができる。それって、家もそうだと思うんです」。自然という言葉を聞けば、なんとなく同じものを思い浮かべているような気になるけれど、実際に何を見ているのかは人によって違う。レンズや箱をひとつ挟むことで、いつもの風景の見え方が変わり、自分が何を見ているのかにも意識が向く。写真家として「私とは何か」を考えてきた竹下さんにとって、それは、自分と自然との境界を考えることにもつながっている。

こうした仕掛けを手に、キャンプ場だけでなく、森や原野、川へ出かけてみることも考えている。場所が変われば見えるものも変わる。竹下さんがつくろうとしているのは、南小国の自然を「知る」ためのプログラムというより、まず自分の目でじっくり「見る」ための体験だ。「僕自身が体感したいし、この町をよく見てみたい」。長く写真を教えてきた竹下さんが、今度は自分自身が学ぶ側として南小国町の自然を見ようとしている。

体験で終わらない、自然と人の関係づくり

竹下 修平さん

山鳥の森で進めようとしているもうひとつの取り組みが、自然共生サイトへの登録に向けた生き物の調査と記録だ。申請には、その場所にどんな植物や昆虫、生き物がいるのかを調べ、リストにしていく作業が必要になる。竹下さんは、そこにもうひとつ「時間」という軸を加えたいと考えている。「ただリストをつくるだけじゃなくて、いつどんな虫がいたとか、どんな植物があったとか、そういうものをアーカイブしていけたらと思っています」。

たとえば10年後、山鳥の森を訪れた人が、かつて家族でここへ来たときの記録を見る。そのときにいた生き物がいまもいるのか、いなくなっているのか。写真や記録が積み重なれば、一度きりの自然体験が、その場の過去と現在をつなぐものになっていくかもしれない。普段なら何気なく通り過ぎる田んぼの畦にも、さまざまな植物が残っていることを知ること。地域の人たちが続けてきた草刈りなどの日々の営みも、あらためて調べて記録すること。すると、これまで意識されてこなかったものが、価値として見えてくる。

竹下さんが取り組もうとするアーカイブは、この森での体験をレジャーで終わらせず、人と自然との関係を少し先までつないでいくための方法でもある。

「可能性の種がいっぱい残る町へ」

竹下 修平さん

そしてその時間軸は10年、20年…さらにその先へと伸びていく。その感覚は、南小国町で暮らし始めてから触れるようになった、土地と人との関係にも重なるという。「この町は、土地と人の関係が強い町だと思います。ここのキャンプ場も、もともと自分たちで手を入れながら色んなことをやっていってる場所だから」。一方で、地域おこし協力隊として活動できる期間は限られている。100年後の未来を描くだけではなく、5年後、10年後に何につながるのか、そのための「種」をこの3年間でどう形にしていくのか。竹下さんを支えるコーディネーターや地域の人も、そんな視点で活動をともに考えている。

「できる限り可能性を残したいんですよね。可能性の種がいっぱい残る町にしたい」。現時点では意味がわからないものや、何に使えるかわからないものも、残しておけば、いつか誰かが別の価値を見つけるかもしれない。生き物や風景を記録することも、未来の使い道をあらかじめ決めているからではない。

AIをはじめとする技術が発達し、すぐに答えの出ない問いに向き合い続けることが大切になるのではないか。長く教育に携わってきた竹下さんは、そんなことも考えている。この森で問い、手を動かすことで、何が残り、つながっていくのかはまだ誰にもわからない。それでも竹下さんは、未来の誰かが価値を見つけられるように、いま目の前にあるものを残すことに夢中だ。

COORDINATOR'S VOICE — SMO南小国 コーディネーターより

「長い時間軸で物事を捉えて、思考をうんと遠くに飛ばせるのが竹下さんの面白いところ! それを山鳥の森さんを起点にしていることが、ぶれなくていい。“100年後こうなっている未来”の事業の種をつくりはじめた両者をサポートするのが、私たちの役目です。」

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