黒川温泉にある24の湯をひとつずつ巡った。湯に浸かり、旅館の人に話を聞き、まちを歩いた。米田彩加さんがいま取り組もうとしているのは、海外から訪れる人に黒川温泉を案内するガイドツアー。「まずは自分が知らないと」。そんな思いから、温泉街を改めて歩きはじめた。すると何気なく見ていた風景の向こうに、少しずつ別の景色が見えてきた。地域の人たちが手をかけ、時間をかけて育ててきたもの。ただ歩いているだけでは見えない歴史や人の営み。それを知ると、同じ景色にも違う文脈が立ち上がった。
「つくる側」にまわってみたい
熊本市で育ち、大学進学を機に東京へ。もともと環境問題に関心があり、大学では都市と自然の関わりについて学んだ。卒業後はすぐに就職せず、ヨーロッパへ。農家に滞在して働いたり、食やアートにまつわる活動に参加したりしながら各地を巡った。興味のある場所へ行き、そこで出会った人や文化に触れる。そんな濃密な時間を過ごしたあと、帰国して東京で働きはじめた。
いつか地方で暮らしてみたいという思いは心のどこかにあった。仕事についても、すでにあるものを届けるだけではなく、地域にある素材や文化に触れながら、自分も「つくる側」にまわってみたい。そんなときに見つけたのが、南小国町の地域おこし協力隊の募集だった。ミッションは、地域資源を生かした商品やサービスの開発。「やってみたいと思っていたことと、地方に住みたいという気持ち。そのふたつが重なりました」。そして2025年春、米田さんは初めて暮らす南小国町へやってきた。
旅館発ブランド「Tou'n'(トウアンド)」誕生
最初に取り組んだのは、「富士屋」「のし湯」「inn Noshiyu」の3宿を経営する「有限会社富士屋」と一緒に行う商品開発。おみやげとしてチーズ饅頭が候補にあがったが、賞味期限の短さや材料の問題もあり、別の商品を探ることに。そこで生まれたのがレモンケーキ。せっかくなら熊本のものを使いたい。旅館らしさも出したいし、黒川温泉を訪れた人の定番として持ち帰れるものにもしたい。事業パートナーとともに素材やつくり手を吟味しながら、少しずつ形にしていった。
大学時代に「食が環境に与える影響」を学んでいたことから、小さな事業だからこそできる、環境に配慮した選択を大事にしたいと考えた。そこで採用されたのは、旅館でも使用される「あきげしき」の米粉、穴井由美子さんのもち粉、髙橋果樹園(三角町)のグラントレモン、循環に配慮した生産スタイルでつくられる「UBUYAMA PLACE」(産山村)の牛乳に、八代の菜種油。一つひとつ集めた宝もののような県産素材を使って、レモンケーキは生まれた。ブランド名は、「Tou'n'(トウアンド)」。この名前は米田さん自身がつけたものだ。
つくってからが、むずかしい!
何十回もの試作を経て完成したレモンケーキが、ついに宿や近隣の店で販売スタート。けれど販売を続けるなかで製造上の問題が起こり、一時は製造をストップすることに。新たな製造先を探して再開したものの、今度は賞味期限の短さが壁になった。おみやげとして広く届けていくには、ある程度の期間、品質を保てることが欠かせない。さらに試作や製造だけでなく、デザイン、パッケージ、プロモーション、販促にも費用がかかる。少量でも素材にこだわり、納得できるものを届けたい。一方で事業として続けていくためには、きちんと利益を生み出す必要もある。実際につくり、売るところまでやってみたからこそ、理想だけでは越えられない商品開発の難しさが見えてきた。
現在、レモンケーキは再改良の真っ最中。賞味期限を延ばすこと、食感を追求すること、使う素材の産地を絞ること、価格を見直すこと。一度つくったものを完成形とせず、最初の経験をもとに、何を残し、何を変えるのかをチームで考え直しているという。「ゼロから売るところまで走ったからこそ、本当に大切にしたい軸が固まった」。つくって、売って、壁にぶつかって。その経験がまた、次の一歩につながった。
伝えることも商品になる
レモンケーキの商品開発が思うように進まず、立ち止まる時間もあった。そんなとき、事業パートナーの穴井実沙さんたちと立ち返ったのが、地域おこし協力隊として掲げていた「地域資源を生かしたサービス・商品開発」というミッションだった。
「別に“もの”にこだわる必要はないんじゃない?」。そこから浮かび上がってきたのが、海外から黒川温泉を訪れる人に向けたガイドツアーだった。米田さんは人と話すことが好きで、海外への関心もあり、英語も話せる。一方、黒川温泉には海外から多くの旅行者が訪れているものの、景観を守るため英語の看板や案内は多くない。まちを案内するガイドもほとんどいない。「自分にできることがあるかもしれない」。商品開発とは違う方向に、少し光が見えた。
さっそく、もっと黒川温泉を知ることから始めた。24の湯を巡り、旅館の人たちに話を聞いた。女将が案内するツアーにも参加した。知れば知るほど見えてきたのは、温泉や旅館だけではない、この土地に積み重なってきた物語だった。何気なく目にしていたものにも、一つひとつ理由や歴史があること。「表面だけじゃないところに、黒川のおもしろさがある」。それを海外から来た人にも伝えられたらと、ツアーの準備を進めている。
「自分がやりたい」から「あってほしい景色」へ
商品をつくり、売る難しさを知り、今度はまちを歩いて、その背景にある物語を知っていく。試行錯誤を重ねるなかで、米田さん自身にも少しずつ変化が生まれた。「これまでは自分がやりたいことを重視して動いてきたんです。でもいまは、この町に何が必要なのか、まだ埋まっていない穴やピースは何かを考えるようになりました」。
自分が得意なことでその足りないピースを埋められるなら、そこに飛び込んでみる。最初からやることを決めるのではなく、地域を知り、人と話しながら、自分にできることを探していく。そんなふうに、町との関わり方そのものが変わってきた。協力隊の任期を終えたあと、どこで何をするのかはまだ決めていない。暮らしてみて初めてわかった豊かさがある。一方で、地域の一員として何かを続けていくなら、もっと長い時間をかけて関わる覚悟も必要だと感じている。だから、いまの時点で無理に答えを出すことはしない。
レモンケーキから、インバウンド向けのガイドツアーへ。やることは変わっても、そのたび米田さんは、土地に出合い直していく。やりたいことだけではなく、ここに何が必要なのか。その問いを持つようになったこと自体が、大きな変化なのかもしれない。
「大切なのは、最初に決めたことをやり遂げることだけではなく、試し、立ち止まり、ときには方向を変えながら、その土地に本当に必要なことを探していくこと。その過程そのものが、地域に新しい選択肢を増やしていくのだと思います。」