無事に帰っていただくことも、大切な仕事です。人口およそ3,700人の南小国町(熊本県阿蘇郡)には、週末になると住民の数倍の観光客が訪れます。DMOとして地域経営を担う私たちが、2024年度から本格的に取り組んできた「観光危機管理」の実践を、この場所からお伝えします。
観光危機管理と聞くと、多くの方が避難誘導や安否確認といった、有事の技術論を思い浮かべます。 けれども私たちがたどり着いたのは、まったく違う答えでした。 観光危機管理とは、平時から「人」「情報」「組織」を整え、観光地としての信頼と地域経済を守り続けるための、地域経営そのものです。 安全と安心はもはや当たり前のサービスではなく、成熟した観光市場において選ばれる理由そのものになっています。
住民には身体に染み込んだ地理感覚があっても、旅行者にとって観光地は美しく切り取られた非日常の空間です。 路地を一本入れば、その先が安全な広場か行き止まりかも分かりません。 スマートフォンの電波が途切れた瞬間、旅人は完全な「迷子」になります。
人生で一度も大きな地震を経験したことのない訪日旅行者は、少なくありません。 日本語の防災無線がどれほど大きく鳴っても、意味が理解できなければただの騒音です。 情報があふれているのに、自分に必要な情報だけが届かない状況が生まれます。
人口およそ3,700人の南小国町には、週末になると住民の数倍の観光客が滞在します。 平日と週末、晴れの日と雨の日、季節によって大きく変わるこの「揺れ動く人口」を相手に、 避難所のキャパシティや備蓄量を計画しなければなりません。
行政が策定する地域防災計画は、住民名簿をもとに緻密に組み立てられています。宿泊客は、旅館が自社のマニュアルで守ります。 では、チェックインの前に温泉街を歩く日帰り客や、道に迷った旅行者を守るのは、いったい誰でしょうか。 行政が担う公助と、民間が担う自助のあいだには、大きな「空白(エアポケット)」が存在します。 この空白を埋められるのは、行政と民間が立場を越えてつながる、地域全体の共助の仕組みだけです。
2024年度から手探りで進めてきた体制づくりから生まれた実践知の体系です。 防災士育成という「人」への投資。平時の連絡網をそのまま有事へスライドさせる「情報DX」のインフラ化。 そして宿泊施設だけでなく、飲食店・商店・住民までも巻き込む「面」での組織化。 この3つを束ねる5つの柱が、有機的に連動しながら地域の未来を形づくります。
地域を徹底的に歩き、声なき声を可視化する。日帰り客や商店のリアルという、見落とされてきた死角に光を当てるところから、すべてが始まります。
行政の縦割りや、民間とのあいだにある温度差を越えて、異なる立場の人々を一つの面としてつなぎ、合意を形成していきます。
形骸化したマニュアルを思い切って手放し、有事の現場で自律的に判断できる「人」と「文化」を育てます。70名を超える防災士育成が、その土台です。
有事のためだけの特別なシステムは持たない。平時から使い倒しているLINE WORKS等の情報DXを、そのまま有事へスライドさせます。
安全を「コスト」ではなく「信頼」という最強のブランド投資に変え、関係人口とともに地域経済を持続させていきます。
阿蘇を楽しみに来てくださる観光客の方々。
2024年度から着手した観光危機管理の体制づくりは、2026年度、より広域的な展開と、実際の災害対応という二つの局面を迎えています。
育成した防災士数
70名+
登壇・講演・ワークショップ
20件以上
現地でのフィールドワーク
15回以上
推進中の受託事業
11件
2026年7月28日。観光危機管理に取り組んできた私たちは実際に熊本地震を経験しました。 この経験を忘れること無く、少しでも多くの地域に観光危機管理の考え方が広がって欲しいという思いから、南小国町一町にとどまらず、阿蘇地域全体を対象に、観光危機管理の取り組みを進めています。
ハザード調査を実施し、阿蘇地域が抱える災害リスクを事前に可視化する。
災害時連絡体制の計画策定と、初動対応マニュアル・多言語ツールの整備を進める。
実践セミナー・ワークショップを通じて、有事における初動対応力を現場に根づかせる。
観光BCP指針を策定し、事業継続と早期の観光地再生への道筋をつくる。
発生直後から、複数のチャネルを同時に稼働させ、情報の空白をつくらない体制を敷きました。 宿泊施設のキャンセル状況を日次で収集し、観光協会の臨時理事会では商品券の対象拡大と入浴提供の即日決定を後押し。 要配慮者向け宿泊の検討や、災害情報を一元的に報告する仕組みの役場への提案まで、平時に積み上げてきたネットワークが、 有事にそのまま機能しました。
熊本県観光連盟・福岡県観光連盟での実績をもとに、観光事業者向けの防災士研修と実践セミナーを提供します。 地域に根ざした防災リーダーを育て、「やらされ仕事」ではない意識の変化を促すプログラムです。
詳細を見る地域のハザードオーバーレイ分析から、外国人観光客にも伝わる初動対応マニュアルと多言語ツールの整備まで。 土地勘のない旅行者が抱える不安に、具体的な備えで応えます。
詳細を見る災害時連絡体制マップの作成や宿泊施設との役割分担協議を通じて、事業継続と早期復旧のための観光BCP指針を策定します。 行政・DMO・事業者が同じ図面を見て動けるようにする、実践的な伴走支援です。
詳細を見る南小国町での実践を、著者・安部千尋(SMO南小国 地域創造部)が一冊にまとめています。 防災士70名以上の育成、情報DXのインフラ化、そして「面」で地域を動かす実装プロセス。 現場で重ねてきた試行錯誤を、成功事例集としてではなく、できる限り正直に書き記しました。
地域経営としての
観光危機管理
また来てくださいと笑顔で見送るために。
人口約3,700人の町で取り組んだ
「面で地域を動かす」平時のグランドデザイン。