「カム・バイ」「カム・バイ!」「ライ・ダウン!」。南小国町の小萩(こはぎ)山。田の原牧野(ぼくや)に流れる風にのせて、田苗玲奈さんの声が響きわたる。“相棒”は、牧羊犬のボーダー・コリー、ティム。ティムが駆ける。その動きに合わせるように、羊たちが一斉に動き出した。草原。羊飼い。牧羊犬。目の前に広がる牧歌的な光景が現実味を帯びず、しばらく見入ってしまう。「羊飼いになれるなんて、思っていなかった」。そう話す田苗さんは、羊飼いになって3年目。いま向き合う羊はおよそ100頭。ティムとともに、阿蘇の美しい草原を守るための「ひつじ放牧」に取り組んでいる。

羊と犬と人。3者の関係性に惹かれて

田苗 玲奈さん

高校卒業後、熊本県西原村にある阿蘇ミルク牧場に就職した。ふれあい広場を担当し、羊やヤギ、豚、馬など、さまざまな動物の飼育に携わった。転機になったのは、牧場にボーダー・コリーがやってきたこと。牧羊犬について観察すると、これまでとはまったく違う動物と人との関わり方が見えてきたという。羊がいて、犬がいて、人がいる。「羊と犬と人の関係性が、すごく面白かったんです」。惹かれたのは、羊だけでも、犬だけでもない。その3者に生まれる関係だった。

やがて「牧羊犬と一緒に働きたい」という思いが芽生えるものの、それを仕事にする方法はすぐには見つからない。牧場で5年間働き、次の道を考えたとき、候補にあったのは母校で実習の補助をする仕事と、北海道の観光牧場。北海道には多くの羊がいて、牧羊犬と働ける環境もあった。ところがその頃、かつて仕事でつながりのあった人から、思いがけない話が届いた。「南小国町で羊飼いを募集しているよ」。地域おこし協力隊という制度についても、詳しく知っていたわけではない。それでも、やりたかった仕事がそこにあり、田苗さんは南小国町へやってきた。

「自分の羊」という思いで接しよう

田苗 玲奈さん

事業パートナーの「流憩園」が抱えていた悩みは、毎年増える羊の管理体制が十分に整っていないことだった。本業(旅館業務)が忙しく、オーナーの体力的な面からも牧野(ぼくや)整備に十分な時間をとれず、今後について悩んでいる状態だった。一方、協力隊に就任してすぐ、田苗さんにも戸惑いがうまれた。いつ駆虫をするのか。病気になったらどうするのか。誰に相談すればいいのか。羊を健康に育てていくための管理に、手探りの部分が多かったからだ。羊はあくまで流憩園の羊。自分は言われた通りのことをするだけでいいのだろうか。どこまで自分で考え、どこまで決めていいのか。その境界がわからない。

「いざ現場に出ると、何をしていいかわからなかったんです。正解がわからなくて」。牧羊犬と働きたい。羊飼いになりたい。そんな思いをもってやってきたはずなのに、思い描いていた仕事との間に少しずつギャップが生まれていく。当時の自分を、田苗さん自身も「ふわふわしていた」と振り返る。

そんな一年目、妊娠がわかった。つわりもあり、夏場の仕事は体力的にもきつかった。10月いっぱいでいったん活動を離れ、出産・育児のため、約一年間の休みに入る。けれど、羊から離れたその時間に、羊飼いとしての仕事をあらためて考え始める。SNSで見つけたのは、かつて憧れた北海道で働く羊飼いたち。羊をどう管理し、どう育てているのか。投稿を見て学び、わからないことがあれば、直接尋ねた。そして、復帰するときにひとつ決めたことがある。「これからは、“自分の羊”という思いで接すればいいんじゃないか」。

野焼きに必要な「輪地切り」を放牧で省力化

田苗 玲奈さん

約一年ぶりに活動へ戻った田苗さんは、羊の飼育環境をひとつずつ見直すことからはじめた。出産に備えて羊舎のレイアウトを変え、餌について考え、わからないことは経験のある羊飼いたちにどんどん聞いた。自分の羊と思うようになったことで、目の前にある課題も、自分で考えるべき仕事に変わっていった。そのひとつが、「輪地(わち)」での放牧だ。阿蘇では、草原維持のために毎年春に野焼きが行われる。その際、火が森林などへ燃え広がらないよう、草原の周囲の草をあらかじめ刈って防火帯をつくる。その事前準備が「輪地切り」だ。

もともと流憩園が羊を飼い始めた背景にも、この輪地切りの負担を減らしたいという目的があった。人が刈る代わりに羊に草を食べてもらう。言葉にすればシンプルだが、実際にどのくらいの頭数を、どのくらいの期間放牧すればいいのか。どこまで草を食べてくれるのか。羊の健康を守りながら、輪地切りの負担をどこまで減らせるのか。まだ、はっきりとした基準はなかった。そこで田苗さんは、実際に羊を放して確かめることにした。

2年目の夏、田の原牧野で輪地放牧を実施。草の量や日当たり、羊の様子を見ながら、約2週間にわたって羊を放した。すると一週間ほどで目に見えて草が減り、二週間後にはほとんど食べ尽くしていた。さらに翌春、野焼きを前に現地を確認すると、食べた場所には草がそれほど伸び戻っていなかった。結果、田の原牧野にある約1900メートルの輪地のうち、140メートルを羊の放牧によって管理することができた。全体の7.3%。数字だけを見れば、小さく感じるかもしれない。けれどその140メートルは、人が刈らなくてよかった場所。羊がいつものように草を食べることが、地域の人たちが担ってきた作業を減らすことにつながった。羊を飼うこと、阿蘇の草原を守ること。田苗さんが南小国町で探しているのは、その二つが無理なく続いていく方法だ。

景観保護と観光を直結させる新モデル

田苗 玲奈さん

放牧と並行して力を入れ始めたこと。それは、この町の羊をもっと多くの人に知ってもらうことだ。町内の小学校での毛刈り体験や羊毛ワークショップ、キャンプ場への出張毛刈り体験、モニターツアー。ゴールデンウィークには「メドウウールデー」と題したイベントを開いた。3年目に入り、その取り組みは少しずつ外へ広がっている。そのなかで、特に大切にしていることがある。

「草原維持をしている羊だということをちゃんと知ってもらいたい」。それは、牧場で働いていたからこそ感じていることでもある。観光牧場には毎日たくさんの人が訪れる。一人ひとりと話せる時間は短く、「かわいいね」で終わることも多かった。それはそれで、動物と人が出会う大切な役割だと田苗さんはいう。でも、南小国町で自分がやっていきたいことは少し違う。なぜここで羊を飼っているのか。なぜ阿蘇の草原は守られてきたのか。そしてこの草原がなくなったらどうなるのか。「一人ひとりとちゃんと話をしたい」。だから気軽に参加できるイベントを入口にして、興味を持った人には、少人数のツアーでもっと深く伝える。実際に草原へ入り、牧羊犬と羊の関係性、草原維持についても話す。モニターツアーを重ねながら、その伝え方も試行錯誤している。

この町で羊飼いを続けていくために

田苗 玲奈さん

最近力を入れているのが、羊肉の販路づくり。いまは事業パートナーの旅館や近隣の飲食店に羊肉を提供しており、さらにその販路を広めたいと考えている。一方で、肉質や価格、安定した供給、加工や流通など、考えなければならないことも多い。景観保護と体験観光。すべての真ん中にいるのはこの町の羊だ。

牧場には「メドウファーム」という名前をつけた。「メドウ」とは、さまざまな草花が生きる草原をあらわす言葉。羊を育て、その羊が草原を守り、そこを訪れる人に草原のことを伝える。その先に、羊肉や羊毛を届ける仕事もある。田苗さんは、そんな羊を中心とした仕事をひとつずつ形にしようとしている。協力隊を卒業したあとも、この町で羊飼いを続けるつもりだ。現在向き合っている羊たちについても、卒業後は自分で引き継ぐ方向で話を進めている。

18歳で羊と出会い、牧羊犬と一緒に働きたいと思った。でも、それを仕事にできるとは思っていなかった。南小国町へ来てからも、最初からすべてがうまくいったわけではない。何をすればいいかわからなかった一年目があり、羊から離れた時間があり、自分の羊と思うところからリスタートした。輪地放牧を試し、草原を守る方法を探し、未来へむけて羊のことを伝える場をつくり始めた。「九州の羊飼いといえば南小国の田苗玲奈。そう言われるのが目標です」。それこそがこの町で見つけた働き方であり、生き方だ。

田苗 玲奈さん
COORDINATOR'S VOICE — SMO南小国 コーディネーターより

「九州の羊飼いといえば南小国の田苗玲奈。そう言われる日がくるのも遠くない。羊産業の新しいモデルづくりにまい進する、田苗さんの行動ひとつひとつがそう思わせてくれます。相棒・ティムと田苗さんが広い草原に立つ姿に、いつもグッときます。」

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